展覧会/イベント

LIXILギャラリー企画「クリエイションの未来展」について
LIXILギャラリー企画「クリエイションの未来展」では、日本の建築・美術界を牽引する4人のクリエイター、清水敏男(アートディレクター)、宮田亮平(金工作家)、伊東豊雄(建築家)、隈研吾(建築家)を監修者に迎え、それぞれ3ケ月ごとの会期で、独自のテーマで現在進行形の考えを具現化した展覧会を開催しています。


展覧会のみどころ
建築家 伊東豊雄氏が取り組む、日本の伝統文化を蘇らせるこれからのライフスタイル
「クリエイションの未来展」第 15 回となる今回は、建築家の伊東豊雄氏による「聖地・大三島を護る=創る」を開催します。本展は 2011 年の「今治市伊東豊雄建築ミュージアム」の開館以来、瀬戸内海に位置する大三島を舞台に伊東氏が取り組んでいる、これからのライフスタイルの提案です。農業を次世代へつなげるための支援、宿泊施設・大三島憩の家の活用、参道の活性化につなげる島の交通の充実などに加えて、オーベルジュの設計などこれまでの活動は、ようやく具体的な成果をあげつつあります。本展の会場では実際に大三島で暮らす 7 人のドキュメンタリーを映像や写真、模型にて展示します。伊東氏が取り組んでいる日本伝統文化の記憶を蘇らせる暮らしの試みです。


作家からのコメント
聖地・大三島を護る=創る
大三島は多島海、瀬戸内にあっても特別な島です。何故なら大山祇神社の存在によって、 古くは「御島」と記されたように、神の島とされていたからです。
大山祇神社は推古天皇の時代、594年に創建したと伝えられ、日本総鎮守として全国に1 万以上の支社を持つと言われています。
神社は背後に鷲ケ頭山を抱き、宮浦港から参道を介して海に結ばれていました。大山祇 神を祀る代表的な神社として「山の神」であると同時に、海に開かれ村上海賊も戦の前に 詣でたので「海の神」「戦いの神」としても崇められていたようです。島にアクセスするに は船によるしかありませんでした。
このため島は全く開発も行われず、農耕のみが営まれ、美しい伝統的な風景が継承されて きたのです。島として自立し、独自の秩序が護られてきました。
しかし2006年に尾道―今治を結ぶ「しまなみ海道」の開通によって、大三島にもハイウェ イで到達できるようになりました。その結果、大山祗神社に参拝する人のほとんどはマイ カーやバスで訪れるようになり、船で港から参道を通って参拝する人は皆無となってしま いました。便利になったとは言えるでしょうが、伝統的な神社詣の意味は失われてしまっ たのです。
大三島が護ってきた島独特の秩序は「しまなみ海道」という近代的な交通手段によって 崩壊しつつあります。即ち島の周囲にはりめぐらされていた「結界」が破壊され、「聖地」としての大三島の特異性が失われかかっているのです。
「聖地」とは中沢新一氏によれば、次のような場所だと述べています。(アースダイバー 東京の聖地 -講談社)


① 「結界」によって周囲から自立したシステムを持つ特別な地域であること
② 「自然」に結ばれる回路を備えていること
③ 単なる観光地でなく、人々がそこで生き生きとした活動をしていること

中沢氏は東京の聖地として「築地市場」や「明治神宮 内苑/外苑」を挙げていますが、上記3条件に照らせば、大三島もまた「聖地」だと言えるでしょう。「築地市場」や「明治神 宮外苑」がグローバル経済によって「聖地」崩壊の危機にさらされているように、大三島 も「しまなみ海道」の開通によって同様な危機に瀕しているのです。   私達は島の現況を受け入れた上で、なお島が「聖地」としての美しさを保ち続けて欲し い。そのような願いはどのようにして叶えられるのでしょうか。
大三島には大山祇神社の参拝客ばかりでなく、年間20万人ものサイクリストが「しまな み海道」を通過していると言われています。経済的豊かさのみを求めて、大資本によって 島を開発すれば、島は単なる「観光地」になってしまうでしょう。島独自の秩序は失われ て、グローバル経済に覆われた島になってしまうようなことは、決して島の人々の本意で はないと思われます。長く住んできた島の住民は私達に対し、「このまま何もせんでええん じゃ。わしらは幸せだから。」と言います。しかしこのまま放置すると若者は島を出ていっ たまま戻ってこない。高齢化はますます進行して、やがて限界集落となってしまうに違い ありません。こうした悩みは大三島だけでなく、日本の過疎地域全体に関わる深刻な問題です。
私達はこの数年間、空き家を修復して「みんなの家」とし、近隣住民の人々が集まるこ との出来る施設にしたり、柑橘の栽培放棄地を借りて葡萄畑に変えて住民の協力を得なが らワインづくりを始めるなど、小さな活動を続けてきました。
そして大山祇神社の参拝者や「しまなみ海道」のサイクリスト達が島を訪れてくれるのは有難い限りですが、単なる観光客としてではなく、彼らの明日のライフスタイルを探す ために島を訪れて欲しいのです。そのためには大三島が、「伝統を護りつつ未来へ向かって 創造的である」ような島にならなくてはなりません。即ち「護ること」が「創ること」と 同義語であるような島になることです。
幸い島には「明日の大三島」を夢見て汗を流している若い人々がいます。今回の展示ではこうした人々の活動の一端を紹介しました。私達はこれらの人々と協力して大三島を「新しい聖地」とするべく、「護る=創る」活動を続けていきたいと考えています。


2018年2月18日 伊東豊雄

  • 参道マーケットでの結婚式
  • 大三島みんなの家でのクリスマス会
  • 移住して有機農業を営む吉川努さん
  • 大三島ふるさと憩の家
  • 改修中の大三島ふるさと憩の家
  • ぶどう畑の収穫祭
  • 収穫されたぶどう
  • 大三島ワイン「島紅」
  • 大三島オーベルジュのイメージ
  • 今治市伊東豊雄建築ミュージアム シルバーハットでのコンサート
  • ©西部裕介
  • 参道マーケットでの結婚式
    ©高橋マナミ
  • 大三島みんなの家でのクリスマス会
    ©伊東建築塾
  • 移住して有機農業を営む吉川努さん
    ©吉野歩
  • 大三島ふるさと憩の家
    ©高橋マナミ
  • 改修中の大三島ふるさと憩の家
    ©伊東建築塾
  • ぶどう畑の収穫祭
    ©吉野歩
  • 収穫されたぶどう
    ©吉野歩
  • 大三島ワイン「島紅」
    ©吉野歩
  • 大三島オーベルジュのイメージ
    ©伊東豊雄建築設計事務所
  • 今治市伊東豊雄建築ミュージアム シルバーハットでのコンサート
    ©青木勝洋
会期 2018年4月12日(木)~6月17日(日)
開館時間 10:00~18:00
休館日 水曜日、5月27日(日)
観覧料 無料
協力 伊東建築塾 今治市 今治市教育委員会 今治市伊東豊雄建築ミュージアム 大三島みんなの家 大三島みんなのワイナリー パン屋まるまど 吉川自然農園
展示写真 田中英行 西部裕介 高橋マナミ 宮畑周平 吉野歩
展示映像 田中英行(撮影・編集) 石田多朗(音楽)

作家略歴

伊東豊雄

1941年生まれ。65年東京大学工学部建築学科卒業。65~69年菊竹清訓建築設計事務所勤務。71年アーバンロボット設立。79年伊東豊雄建築設計事務所に改称。
主な作品に「シルバーハット」(東京)、「八代市立博物館」(熊本)、「大館樹海ドーム」(秋田)、「せんだいメディアテーク」(宮城)、「多摩美術大学図書館(八王子キャンパス)」(東京)、「高雄国家体育場」(台湾)、「台湾大学社会科学部棟」(台湾)、「みんなの森 ぎふメディアコスモス」(岐阜)、「バロック・インターナショナルミュージアム・プエブラ」(メキシコ)、「台中国家歌劇院」(台湾)、「川口市めぐりの森・赤山歴史自然公園」(埼玉)など。現在、「新青森県総合運動公園陸上競技場(仮称)」、「水戸市新市民会館」などが進行中。
日本建築学会賞(作品賞、大賞)、ヴェネチア・ビエンナーレ金獅子賞、王立英国建築家協会(RIBA)ロイヤルゴールドメダル、朝日賞、高松宮殿下記念世界文化賞、プリツカー建築賞、UIAゴールドメダルなど受賞。
東日本大震災後、復興活動に精力的に取り組む中で仮設住宅における住民の憩いの場として提案した「みんなの家」は、2017年7月までに16軒完成。2016年の熊本地震に際しては、くまもとアートポリスのコミッショナーとして「みんなの家」のある仮設住宅づくりを進め、各地に計90棟余りが整備され、現在もつくられ続けている。2011年に私塾「伊東建築塾」を設立。これからのまちや建築のあり方を考える場として様々な活動を行っている。また、自身のミュージアムが建つ大三島においては、2012年より塾生有志や地域の人々とともに継続的なまちづくりの活動に取り組んでいる。

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