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STORY 5

土間の台所から家の中心のキッチンへ

STORY 5

土間の台所から家の中心のキッチンへ

17世紀末期~18世紀初期に建てられた土間と板の間で構成される、農家の台所。(国指定重要文化財 伊藤家住宅、神奈川・川崎市立日本民家園)(Japan Open-air Folk House Museum, Kanagawa © Naohiro Utagawa)
  • しかしながら、日本の台所は20世紀初頭頃から大きく変わっていきます。火や水を使う場所は土間にあり続けたものの、ガスや水道つきの流しが導入され、立ったまま料理や洗い物ができるようになりました。近代化と都市化の流れのなかで、住宅のあり方が家政学の視点で議論されるようになり、生活改善運動が広がりました。日常的な家事をより楽にするため、台所での人の動きを調査し、その結果を受けて台所や台所用品の寸法が標準化され、工業化が進みました。こうして台所は日本の家庭のなかで、徐々に生活空間の一部を占めるようになっていきます。

  • 1950年代、戦後の復興期においては、住宅困窮者への住宅供給が急務でした。昭和30(1955)年に設立した日本住宅公団(現 都市再生機構)は、西洋式のテーブルと椅子の隣にキッチン(台所)を配置したダイニング・キッチン(DK)を集合住宅の一つの標準タイプとしました。その設計により、主婦は家事中の移動を減らすとともに、家族と話をしながら料理ができるようになりました。その後、リビング・ダイニング・キッチン(LDK)というコンセプトが誕生。キッチンは、家族がほとんどの時間を過ごす家の中心としての役割を担っていきました。

  • LDK化によってリビング、ダイニング、キッチンがつながることで、広々とした空間が生まれただけでなく、キッチンは常に生活者の視界に入るようになりました。そのため、機能性と同時に見た目の美しさも重視されるようになっています。キッチンがますます生活の中心に位置づけられる今日、そこが豊かで快適な暮らしに貢献できる場所になるよう、LIXILは機能性とデザイン性の両面からさらなる技術革新を進めています。

  • 戦前にアメリカで開発され、日本にも入り始めていた新素材「ステンレス」。LIXILの統合会社の一つであるサンウエーブ工業は、流し台をステンレスで一体成型する、日本初のステンレスプレス加工技術を昭和31(1956)年に開発しました。それにより戦後の日本の生活は大きく変わりました。それまでステンレス製の流し台は、職人が一つひとつ手作業で溶接してつくっていたため、当時の一般的な流し台の5倍のコストがかかっていました。しかし開発された新技術によって大量生産が可能となり、昭和32(1957)年から、日本住宅公団が販売した全ての集合住宅にステンレス製流し台が導入されました。以降、高品質ながら安価なステンレス製流し台は公団住宅の隆盛とともに一気に普及しました。

未だ土間にあるものの、台所の要素が一箇所にまとめられ、タイル張りのシンクが設置された台所(© LIXIL Museum)
台所が生活空間の一部となってきたことを象徴する、板張りの床とタイル張りの流し台がある1950年代の台所。タイル張りの流し台は高級であったため、1920年代~1950年代までは、より安価な人造石研ぎ出し仕上げの流し台が多かった(© LIXIL Museum)
昭和33(1958)年に晴海高層アパートに設置されたプレス式ステンレス深絞りシンク第1号。輝きがあり、見栄えがよく、耐久性に優れたステンレス製の流し台は、新たな時代の到来を象徴。独立行政法人 都市再生機構「集合住宅歴史館」(© LIXIL Museum)
(© LIXIL)

日本のお弁当に見られるように、限られたスペースを整然と美しく維持することは日本人の得意分野です。キッチンが家の中心にあり、常に視野に入るようになった今日、狭い空間を美しく保つための知恵と技が詰まった、さまざまな革新的機能が生み出されています。

(minowa studio / amanaimages)

(© LIXIL)

今日、リビング・ダイニング・キッチン(LDK)は、人びとが大切なひとときを過ごす日本の住まいの中心となっています。