窯のある広場・資料館

窯のある広場・資料館について

窯のある広場・資料館の沿革

芝生の広場を前庭に、そびえる煙突と黒い建物は1921(大正10)年に築かれた工場(こうば)で、常滑でも最大級の3尺土管(内径が約90cm)を主に生産していたようです。建物の中には大きなれんがづくりの窯があり、内部では土と炎がつくり出した独特の空気が感じられます。
この資料館は、当時INAXに社名変更した伊奈製陶が、その記念事業として窯と建物、煙突を整備し、1986(昭和61)年に公開を始めたもので、後に整備される一帯の文化エリア(現在のINAXライブミュージアム)の最初の施設となりました。天に高くそびえる70尺(約21m)の煙突は、まさにINAXライブミュージアムのシンボルであり、千年の歴史を誇る陶都、常滑を代表する風景にもなっています。

1階 常設展示室(2011年11月リニューアル)

内部が飴色に輝く古い大きな窯と、日本の近代化に大きく貢献した土管を産業展示しています。都市や街の近代化には上下水道の整備が不可欠で、そこに多くの土管が使われました。食糧増産のために田畑を増やしていきますが、その水量をコントロールするため地下に無数の土管が埋められています。鉄道が延びて新たな線路が敷かれると、土管で田畑への水路を確保しました。まさに土管は、土の下にあって日本の近代化を支えていたのです。なかでも常滑の土管は強くて硬く、良質なことから日本の市場を席巻しますが、それは新しい機械の導入と相まって、常滑の先人たちの知恵と工夫、窯業知識がもたらした技術の結晶といえます。そこには、元気な時代の「ものづくり」の真髄を見ることができます。

2階 常設展示室

日本のトイレ文化の華ともいえる、青と白の美しい紋様を施した「染付古便器」を展示しています。トイレを美しく清らかに保とうとするのは、日本人固有の美意識です。明治、大正、昭和初期につくられた染付の便器は、青と白のシンプルな配色ながら、目を見張るほどの美しさをもち、日本のトイレ文化を象徴するものになっています。そのデザインには、日本人のきめ細やかな“おもてなし”の心を映し、海外の方からも高い評価を得ています。

※展示の古便器は、古流松應会家元の千羽他何之(せんばたかし)氏のコレクションが中心となっています。

トンネル窯

窯のある広場の一角に移築されたトンネル窯は、かつて三重県伊賀上野の工場でタイルの焼成に使われていました。1972年から2005年まで、ちょうど日本経済が大きく成長し、ビル建築が活況を呈していた時代に稼動していたこの窯は、全長80m、2~3日間かけて均質なタイルを大量に焼成しました。展示は、長い窯を部分的に16mほど移築したものです。

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